西川長夫著 「[増補]国境の越え方」(平凡社,2001[1992])
Ⅰ 日常世界の中の世界感覚

【要約】
「世界地図」は、地球は諸国家によって構成され国境によって区切られ色分けされた国民がそこに存在する、というイメージを私たちに植え付けている。国民国家による世界の分割が始まったのはここ200年のことに過ぎないのに、私たちはそれを所与のものとして捉え、恰も絶対的であるかのように錯覚してしまう。それがもつ「国民−非国民(外国人)」や「我々−彼ら」といったイデオロギーは、国家と民族と文化は一致するという偏見を産み出し、ナショナル・アイデンティティの神話とそれを失うことへの恐怖を創出し、非国民への反感にもつながっていく。今日、移民・資本・イデオロギー・環境問題・リスク・情報などの移動によって、その国境は侵犯され国民国家は歪なものになっている。にも拘らず(というよりそれ故に)、我々のそれに対する反応は極めて愛国的で自国中心的なものになっている。このような状況の中で、「彼ら」と「我々」の境界はどのように設定されるのか、そしてその二分法を放擲し克服することは可能なのか。
日本人は欧米に対しては親近感を抱くものの、アジアに対しては無関心である、とされる。このような人種・国家イメージはどのように創出され維持されるのか。それは国内的には日本社会に内在する差別構造によるものであり、対外的には国境というシステムによるものと考えられる。そして、また私たちの「我々」、「日本人」という自己イメージや論理性に欠如している愛国心もまたこのような観点から分析されるべきだろう。


【引用】
国民国家の体制が足元から崩れているのに、あるいはそれ故にいっそうわれわれは国民国家イデオロギーに執着し、深くとらわれている。」(p.20)

外国人労働者の存在は国籍の概念を変え、国家の概念をつき崩す。」(p.20)

「[人種差別の感情を生み出す]その構造的なものとは何か。私は国内的には現在の日本社会自体に内在している差別の構造であり、対外的には国境の存在だと思う。社会は差別を必要とし、国家は仮想敵を必要とする」(p.47)

「民族や国民のイメージは結局は国家のイデオロギーが作り出した幻影であって、およそ実体とはかけ離れたものである」(p.47)

「人種差別は現実に存在しているのであり、われわれはそれを曖昧な言葉や人道主義的な言葉でおおいかくしてはならない」(p.61)

「《日本を知っているというけど、君は本当に日本を知っているのか》」(p.61)

「国民性や人種のイメージなどというものは大部分が思いこみや偏見の産物」(p.61)


【コメント】
最初の章だけあって概論的な内容に終始しているが、その中でも再三指摘しているように、人種に基づいた偏見や蔑視、ステレオタイプは現実に存在している。そしてそれを産み出し維持するシステムを明らかにすること、これが本書の目的なのだろう。そしてその中で、国民国家やそれに対する愛国心はどのように位置づけられるのだろうか。

〔増補〕国境の越え方 (平凡社ライブラリー)

〔増補〕国境の越え方 (平凡社ライブラリー)