西川長夫著 「[増補]国境の越え方」(平凡社,2001[1992])

Ⅲ 日本における文化受容のパターン

【要約】
わが国の近代化の過程の中で、欧化主義的な傾向と国粋主義的な傾向の対立・葛藤があり、それが今日まで続いていることがしばしば指摘される。欧化と回帰は日本の近代社会・思想史を特色付ける重要な現象であり、この現象に注目した人物として加藤周一が挙げられる。加藤は「近代日本の外部の世界との関係は、外部に対抗するために外部から学ぶというこの《対して》と《から》の逆説的で二重の関心の構造からはじまった」と指摘し、この二重構造の変遷を辿ることで、欧化と回帰というサイクルを描出した。ただ、欧化と回帰という二項対立のみを取り上げると、それは必然的に欧化の土着化という点に着地してしまう。欧化でも国粋でもない、「世界化」という第三項は想定できないのだろうか。
又、欧化と回帰のサイクルは近代国民国家の枠内で、即ち国民統合のイデオロギーの枠内で成立している点にも留意しなくてはならない。近代的な国民国家形成には、政府・軍隊などの国家装置の強化と国民統合のイデオロギー(それは本質的に国粋的なものである)形成が必要とされる。ただ、その形成過程自体は「欧化」であった。近代国民国家は、世界国家システムへの参入と国内における国民統合という、時に相矛盾する面を有しており、欧化と国粋という問題は国民国家の原理からの考察も必要とする。
日本の支配的イデオロギーを欧化−国粋という二項対立で捉えグラフ化すると、20年周期の2度の断絶(明治維新/敗戦)を伴う3つのサイクルとなる。このサイクル自体の合理性はともかく、加藤の指摘するように、強いられた近代化によって組み込まれた対抗的な二重構造が欧化と国粋のサイクル化を生み出しているのかもしれない。
明治維新から日露戦争にかけての第1のサイクルを特徴付ける語句としてこの時代の支配的なイデオロギーである「文明」が挙げられる。「文明」とは理念的には人類の進歩と普遍的な価値の確立を目指すものであるが、現実的には早期に国民国家形成を実現したイギリスやフランスの支配と拡張を目指す国民意識であった。「文明」のイデオロギーによって、世界は文明−野蛮に二分され、文明による野蛮の文明化として植民地主義は正当化されることとなる。
いわゆる大正デモクラシーから一五年戦争に至る第2のサイクルを特徴付ける語句としては「文化」がある。この「文化」とはドイツ語のKulturの訳語であり、第2の欧化においては、英・仏流の文明化ではなく、ドイツ流(つまりヨーロッパ後発国民国家流の)に倣った欧化であった。フランス的価値としての「文明」に対抗するものとしてドイツで形成された「文化」概念は、「文明」の物質性・普遍性に対してそれぞれ精神性・個別性を強調するものであり、後発的な国民国家国民意識の表現であったといえる。
第3の欧化を特徴付ける語句もやはり「文化」であった。ただ、この「文化」とは英語のcultureの訳語であり、それ自体はアメリカ的なデモクラシーの概念に結びつくものだった。ただ、このcultureとしての「文化」は(時に意図的に)Kulturとしての「文化」と混同されることとなる。このような「文化」概念の混同が1950年代後半から60年代にかけての日本回帰の潮流に結びついたのではないだろうか。
また、このサイクルの中で、国民統合の強力なイデオロギー装置であった天皇制は実は欧化と回帰の葛藤・対立を吸収する役割を果たした。相克する欧化と回帰は、天皇という統合シンボルによって統一され、それは今日まで有効に機能している。
それでは1960年代以降、特に90年代以降の欧化と回帰が平行しているような状況はどのように捉えられるだろうか。グローバル化と呼ばれる世界秩序の再構築の中で、日本の国民国家の枠組みが動揺しており、国籍や国民文化などの概念が変容していくことは容易に予測される。このことは支配層や国民一般に不安や恐怖心を喚起し、国民統合のイデオロギーを強化する方向に働く。また、加藤が指摘したような<対して>と<から>という二重構造が解消されたわけではなく、欧化と回帰のどちらの潮流が強く現れるということは今後も起こりうるだろう。ただ、長期的に見ると、そのような波動は次第に弱まっていくのではないだろうか。それは<対して>と<から>の二重構造が解消されるため、だけではなく、「世界化」という第三項に日本が次第に向かっている、と著者は考えるためである。

【引用】
「わが国の近代化の過程のなかで、欧化主義的な傾向と国粋主義的な傾向の対立葛藤があり、それが現在に至るまで続いている」(p.127)
「近代日本の外部の世界との関係は、外部に対抗するために外部から学ぶというこの《対して》と《から》の逆説的で二重の関心の構造からはじまった」(p.129,加藤周一『日本人の世界像』p.365からの引用)
「近代の国民国家は世界の国家システムへの参入と国内における国民統合という、時に相矛盾する二面をもっており、前者の要素が強く働くときは国際主義が表面に現れ、例えば一国家の国際社会における孤立や危機的状況によって後者の力が強く働くときはナショナリズムが表面に出てくる」(p.133)
「「文明」とは理念的には人類の進歩と普遍的な価値の確立をめざすものであるが、現実的には早期に国民国家形成を実現した西欧先進諸国(英・仏)の支配と拡張をめざす国民意識であった。「文明」のイデオロギーによって世界は文明と野蛮に二分され、植民地支配は文明による野蛮の文明化として正当化される」(p.140)
「フランス的な価値としての「文明」に対抗してドイツで形成された「文化」概念」(p.142)
「相克する欧化と国粋は、天皇というまさしく統合のシンボルにおいて見事に統一」(p.148)
「今後しばらく国粋的な傾向、日本回帰の動きは、回帰すべき日本がもはや現実には存在しないだけに、いっそう強化される」(p.150)

【コメント】
多少疑問を抱く箇所もないわけではなかった。欧化−回帰の二項対立を打破するものとして挙げられる「世界化」であったり、このようなサイクルを持ち出す意味であったり。内容が抽象的で、実証不可能な点も見受けられた。けれども、「文明」・「文化」の概念や両者の相克、欧化と回帰のダイナミクスは興味深かった。
一つだけ述べるとすると、「今後しばらく国粋的な傾向、日本回帰の動きは、回帰すべき日本がもはや現実には存在しないだけに、いっそう強化される」(p.150)という一文について。
この一文の「回帰すべき日本がもはや存在しない」という点と「しないだけに、いっそう強化される」という点。「回帰すべき日本」なるものは以前には存在していたのだろうか。「回帰すべき日本」とは日本人が抱く「想像された日本」であり、それ自体が一つの国民文化なのではないのか。また、なぜそのような「回帰すべき日本」が存在しないことが、より一層日本回帰の潮流を強める事になるのだろうか。このような逆説的な文は効果的であるし、この文自体の整合性は否定しない(つまり私もそれが想像上のものであるからこそ、より強固にそれを追い求めるようになる、とは考えている)。けれども、それはちゃんと理論付けられた上で語られなくてはならないのではないだろうか。「存在しないから弱体化していく」というのは容易に想像がつく。けれどもその逆というのはなかなか理解しにくい。というのも、「なぜ回帰すべき姿が見つからないことが、回帰の潮流を強めるのか」を私自身が上手く説明できないから。この点を説明する事は日本の国粋主義だけでなく、他の国民国家におけるナショナリズム理解にもつながるものだろう。
(追記) この答えとまでは言わないが、そのかなりの部分を『ホワイト・ネイション』のなかでガッサン・ハージは説明することに成功したように感じられる。精神分析ナショナリズム研究に適用することについての批判もあるだろうが、ハージはラカン的な精神分析ブルデューの理論を組み合わせる事で革新的なナショナリズム論を構築したのではないだろうか。

〔増補〕国境の越え方 (平凡社ライブラリー)

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